ウラ長瀞 #1-1 「66年間、山頂から長瀞を見守るおばぁちゃん」

ウラ長瀞とは?
長瀞町を形成する「人」や「歴史」にフォーカスした情報を発信します。
この場所で生きる人のストーリー、町の歴史など観光では知ることができない長瀞町の新しい魅力を発見し共有します。



初めて長瀞町に来た日に宝登山を山頂まで登りました。宝登山は標高497.1mの小さな山です。景色の綺麗な山頂の近くに宝登山神社奥宮があります。
鳥居のすぐ横にある小さな売店「坂本売店」。
椅子に座って素敵な笑顔で「休憩していって〜」と声をかけてくれるおばあちゃんがいます。

このウラ長瀞プロジェクトで一番に特集したかったのがこちらのおばぁちゃんです。

三味線を引いたり、歌ったり、喋ったり。地元の人、旅の人、いろんな人が、このおばぁちゃんに引きこまれていきます。長瀞町に来たらぜひ訪れて話をしてみてください。


坂本寿美子さん 

坂本寿美子(すみこ)さん 88歳、宝登山奥宮にある「坂本売店」の2代目店主。

娘で3代目の妃史(ひふみ)さんと、看板犬イヴちゃんの3人で店を運営しています。

ちなみにイヴちゃんは人の話をしっかり聞いています。可愛がってくれたお客様が帰る時は凄く悲しそうな顔をするそうで、たくさんのファンがいる商売上手な看板犬です。


「坂本売店の歴史」

100年ぐらい前に、先代のお爺様が始めたとのこと。飲み物とお土産の販売、現在建替え中の社務所でお札販売や御朱印の書き手もこの親子が担当していました。

寿美子さんは亡くなられた旦那さんと一緒に、2代目として66年間この売店を続けています。台風で一度建物が壊れてしまい、現在の建物は旦那さんが建てたようです。昔の坂本売店が載った雑誌があったので見せてくれました。



寿美子さん:「当時は車はないでしょ。歩きだよ、歩き。1時間半ぐらいかけて休憩しながら毎日登ってきたのよ。でも苦ではなかったよ、朝洗濯してね、用事をすましてこっちに上がってきてたのよ。」


昔は車もなかったため、販売する飲み物(瓶)やお弁当を背中に担いで毎日旦那さんと一緒に登ってきたみたいです。


第二次世界大戦時は物資がなく、休業時期があったそうですがそれ以外は休むことなくこの売店を続けることができています。

昔は奥宮社務所に旦那様、売店は寿美子さんが担当していた。昔はもう1つ山頂にもお店があり、行ったり来たりしてたとのこと。


寿美子さん:昔はお猿さんが放し飼いにされてたの。いつもお弁当をお猿さんに狙われていて大変だったのよ、面白かったけどね。お弁当をもってきて山頂で食べる登山客が多かったの。ビニールシートを広げてお弁当を食べてるとお猿さんにとられて大変だったのよ!お弁当とカバンをとって木に登って逃げていくんだよ。取り返した!と思ったら別のお猿さんがきてもう笑いが止まらないのよ。お猿さんはかしこいのよ、本当に。」



三代目の妃史さんは子供の頃からこの売店を手伝っていたそうです。


妃史さん:「昔はペットボトルとかなかったから全て瓶だったの。ここに来ると瓶を拭く仕事ばっかりだった。だから栓抜きとかは得意ですよ、瓶を並べてシャッシャッっしゃと開けていくの。昔はここに来ないと飲み物が飲めなかったの。」


寿美子さん:「コカ・コーラ、スプライト、ファンタとかいろんなメーカーさんがね、看板を持ってきてくれたの。今でも店につけてるんだけどね。このファンタとスプライトの看板は写真撮る人多いよね。でも今ラムネしか売ってないから「スプライトください」って言われると笑っちゃうの、ごめんなさいってw」




今は基本的に「ラムネ」「ところてん」とお土産だけを販売しています。ところてんは坂本さんの自宅の畑で育ったミョウガを使っています。山登りした後に食べる「ところてん」は最高に美味しかったです。「この雰囲気で食べるから美味しいんだよ」と妃文さんが言ってました。

妃史さん:「ラムネは一番売れる日で100本ぐらい売れるんだよ。階段とか山道とか登った後に、ラムネ飲みたくなっちゃうみたい。お土産は登山バッジや蝋梅の線香が人気だよ」


ちなみに車を買えるようになってからは毎日山を車で登ったみたいです。寿美子さんは免許返納をしたため、妃史さんが車を運転しています。


寿美子さん:「昔は何乗ってたと思う?20年ぐらい、青のJEEPで毎日通ってたんだよ、かっこいいでしょ。いつも近所の人に驚かれていたよ。おばぁちゃんマニュアルなんか運転してるのって!」


「旦那さんと歩んだ日々」

寿美子さんが長瀞町に来たきっかけは旦那さんとの結婚がきっかけだった。そんな旦那さんは2005年に亡くなられました。


寿美子さん:「長瀞町は静かで自然がいいよね、お父さんと赤い糸で結ばれて長瀞にきたの。でも今は切れっちゃったっw 細かったのかしらっw  ぜひ貰いたいとうちにきたのよ。うちに来る嫁さんは、馬鹿か利口でなければ務まらないとか言うから、じゃあ私は馬鹿だねーっていったらお嫁にもらってもらえたの。22歳のときに結婚したの。違う町から来たけどね、長瀞町に来てよかったよ、親は心配してたけどね。町の嫌なところも特にないからね。。。今の人は知らないけど住んで不自由がないからね。」


旦那さんは「THE 頑固な昭和のお父さん」だったそうです。しかしすごくラブラブな夫婦だったそうです。

寿美子さん:「お父さんいるよー、ちょっと待っててー。」


と、こちらの旦那さんと寿美子さんのツーショット写真を見せてくれました。


妃史さん:「この写真のお父さんがかぶってる帽子は、今日お母さんがかぶっているベレー帽だよね。この写真で着ている作務衣も、お母さんが作ってあげたんだよね」


娘さんが知ってる限り、2人は喧嘩をほとんどしなかったとのこと。喧嘩になっても寿美子さんが我慢してたそうです。


寿美子さん:「頭を下げてれば向こうが怒っても、頭の上を過ぎていくから大丈夫だったんだよ。口は悪かったけどね、心は本当に優しかったからね。全部私がしてたのよ、家では全く動かないから。私がぜーんぶ世話して支えてたんだよ、愛してたから。」


と普通に言う寿美子さんが可愛くて仕方がないです。お風呂も一緒に入っていたそうで「違うのはおトイレだけよ」と可愛い笑顔で夫婦の秘密を教えてくれました。



旦那様が建て直した売店で、当時のお話をいっぱい聞かせていただきました。楽しそうに当時のことを喋る寿美子さんをみて、妃史さんもすごく笑顔でした。当時の父と母の姿を思い浮かべるような優しい顔をしていました。3代目にも優しさが受け継がれているんだなと感じました。

ここにいると本当に幸せな気持ちになります。ぜひ長瀞町にお越しの際は、宝登山神社 奥宮近くにある「坂本売店」でラムネを飲みながらおばぁちゃんと会話してみてください。

ウラ長瀞では引き続き、
坂本寿美子さんのお話を紹介させていただきます。第二弾は11月5日木曜日に公開させていただきます。お楽しみにお待ちください。




 清水 勇多





ご覧頂きありがとうございました。

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